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本のことを書いてあるブログ

向田邦子「隣の女」を読みました

こんにちは。昨日はこちら読み終わりました。

新装版 隣りの女 (文春文庫)

新装版 隣りの女 (文春文庫)


読書メーターの方でも書いて、その後他の方の感想など見てみたんですが、向田作品をひとことで形容するとしたら「上手い」だろうか、と書いている人がいてナルホドそうだなと思ってました。
うまい!と思うのは、その感情をどこかで知ってはいるものの、明でも暗にもなり切らないままでこうもすんなりと明らかにされてゆくことに対する驚きっていう感じです。


表題作「隣の女」では、ミシンを使って内職をする、ごく普通の主婦が、隣の部屋に住む水商売をしているもう一人の独身女性の生活音を聞くことから、自分の人生以外が同時に存在しているという事に気が付きます。
主人公のサチ子は峰子に対する興味を隠さずに壁に聞き耳を立てたり、お隣の事件へのインタビューに恥ずかしげなく応えて夫に怒られたりなど、することは一見陳腐なように描かれていますが、それは生活というものが見え隠れし、だれもが自身とは切り離せないということのような。いっぽうのもう一人の水商売をしている峰子という女は、もと情夫から心中未遂をさせられそうになり、それをサチ子が発見し救い出します。
お互いの、違いある生活を断罪し合わず、逆にサチ子が峰子の持ち物である職場や、いまの男に興味を抱き近づいてゆくことから、そこにあった見えなかった感情が明らかになって行きます。
恋愛というものの特別性は、サチ子と峰子の両面から語られます。サチ子はそれをなかば意識的に追いかけ、それからまた家庭に戻るのですが、夫も間違いを起こしそうになったと告白します。
こんなふうにしてお互いの感情を発現させたあとで皆が生傷のようになったまま、だれも断罪せず傷つけ合わず、それをそっと元に戻して、それからまた互いの生活に戻ってゆく…
何かそうなることで、より一層互いの「生」それから「性」が匂い立ってくるような感じがしました。


女同士の対比として

こんなふうな地味で華がない。だれもが掴むような平凡な幸せはとりあえず持ってはいるものの、どこか平坦に暮らしている主人公と、艶めいていてその辺にいる男性と同等に話し、また暗がりも適度にもち質感のある女として人生を謳歌しているような「もう一人の女」それが、この短編には毎回のように登場してきます。

「隣の女」ではそれが主婦の隣に住む女性として、それから「幸福」では主人公の姉として、「胡桃の部屋」ではちょっと描かれ方が違いますが多分自身の母親として現れます。

「あんたはまだ美容院にいったことがないから判らないだろうけど、シャンプーだってカットだって、お客の顔のとこに美容師の腋の下がくるんだよ。
別の仕事を選ぶべし。こういうこと言うのは、姉妹だけなんだから、ありがたいと思わなきゃ、駄目だぞ」


言いにくいことを言うとき、組子はいつもこういう言い方をした。


「幸福」の主人公は姉に対してはっきりとした劣等コンプレックスを持っているわけではありません。けど、どの女性も持ち合わせているのが、女の幸福というのは、真の幸福は自身の春を、ときにはなりふり構わずみずから主張できることにあるのじゃないかと言う疑問を抱きながら暮らしている様です。
この劣情とも言えない同性への感情や自身の性、を腋臭というモチーフにこめる…ていうのがうまい、と思わずにいられない部分。
わきが、って夏の電車とかでもたまに感じたりするけど、なんとなくエロいんですよね。中高生のにおいたつ自己主張みたいにしてわたしは思い出す。
無意識な部分が切ないと思う。

主人公は姉や父親のように自分だけの幸福を追求する情動のようなものは現れないようですが、幸福や愛情というのが画一的には割り切れない、自身と地続きになっている複雑な感情のなかにあると思えば、それもひとつの幸福と言ってしまえるのかもしれません。

欲求が見えない

胡桃の部屋」は苦労させられる長女の話。このお話は、あ〜、わかるッて共感できる人も多いのでは。それを他人に言ってもらいたかった…的な。そんな感じでよしよしされる物語にわたしは感じて読んでました笑

父が家を出て不倫する様になってから母が腑抜けのようになり、その責任を持って家を支えようとして来た長女。妹や弟を支えようと、自身の本当の幸福や欲求を閉じ込めるようにして生きて来ましたが、どこか妹も、弟も情けなく頼りない。心の支えになっているのは父の元部下である、都築さんという男性。

「ひとの心配する間に、自分のこと、考えたほうがいいんじゃないかな」

「どういう意味」

「みんな適当にやってるんだよ」

大学に進学した弟の研太郎に話をつけようと主人公が呼び出した食事のシーンで、研太郎からこう返されます。
それは結末に続くのですが…

自身がはっちゃきこいて目標に向かっている間も、周りは一人のひととして自分とは関係なく時を進めている…主人公は別に押し付けがましくもないのですが、ただ、こういった思いは多かれ少なかれ誰もが秘めつつ生きているのじゃないかと思います。仕事や家庭を維持するのは我慢の連続で、まるで何も知らない苦労もしていないように見える人を横目に時間だけが過ぎていく、…こっちは、体の自由が効かず、それを憎むことにブレーキをかけ続ける毎日なのに、けど、そんな期間は誰にでもあると思います。自分の手に余る荷物が不意に渡されるっていうことは誰にでも起こり得ることかもしれない。

ただこのお話ではそういった信仰が自身の母親から覆されるというショックを強烈に感じます。

まあでも、歯を食いしばらなければならない期間の膨大さを乗り越えたおんなって結局強いなあって思いました。その後に共感しあったり、笑いあったり、そういう可能性もあるんだろうなと、ちょっと明るく感じていました。




そんな感じで、面白かったです。バイブル的に持って置きたいです。



最後に


自分の人生がある時の他人の人生を横目で見つつも自身とは切り離せない自分の人生がかなしくも結局いちばんいとおしい。それが書き表されているこちらの小説を読み終えたときなんとなーく、女に産まれるのって面白いし、良かったのかもなって思えて来るはずです。