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本のことを書いてあるブログ

「恋人はジュース」※ラノベ

もっと、真面目なことを書かないと…と思いながらも、思いついたので載せてみます。ちなみにこれは、25分くらいかけて書いています。

 

てくてくてく…

炎天下、マキとその彼氏は街中を歩いている。ごくふつうの、マキと彼はありふれたお似合いのカップルだった。ただひとつ違うところはーーー

 

「あっ!」

彼氏の斉田ーが、人とすれ違いざまにぶつかった。

「あっ!」隣にいたマキも思わず声をかける。新調したばかりのブラウスに、斉田ーのアレが溢れ落ちてしまった。

「ご、ごめん」「いいの。…気にしないで」

斉田ーが、他の普通の彼氏と違うところは、斉田ーはジュースだと言うことだった。

 

✳︎✳︎恋人はジュース!✳︎✳︎

 

「あっつ〜い!もう無理!こんな暑いのにアスファルトの上を歩くなんて、苦行よ…トウキョーの人たちはどうかしてる」

「本当だな」

斉田ーは、マキの言うことに相づちを打つ。マキが、斉田ーのことをじっと見る。

「…何?」

「なんでもない。」

マキはあっつ〜と言いながら再び、前を向いて歩き始める。斉田ーは、体温が上昇するのを感じていた。たしかに真夏の東京の日照りは、人が歩く環境ではない、と思う。まるでフライパンの上にあるマヨネーズだ。…斉田ーは、マキのさっきの視線を気にしていた。きっと、今までの恋人たちのように「でも、テメエは涼しいんだろ」と思われているに違いない。いや、もしかすると「飲んでみたい」と思われているのかもしれない。

(まさかな。)

斉田ーはその考えを振り払う。室内ならばあり得るかもしれないが、この都心のど真ん中の、人通りの多い場所で彼女がそんなことをしたいと考えているわけがない。ましてや、ストローもない…

 

歩いているうちに、ローソンが見えてきた。その看板を目にしたマキは、目を輝かせて斉田ーを引っ張って言った。

「あそこに、ストロー…じゃなかった。コンビニがあるわ。わたしちょっと、行ってくる!」

マキは、斉田ーのリアクションを待たずに行ってしまった。

マキ、まさか、こんな路上で俺を飲もうというのか。おまえ、「キチク」か…?!

斉田ーは気を取りなそうとした。ストローか。マキが飲みたいというのなら、仕方がないのかもしれない。斉田ーは、辺りを見回して人から視線を隠せそうな木陰を探してみた。すると、あった。少し歩いたところに、マンションとその植え込みが茂っている場所がある。

(あそこでなら…)

俺を飲めるかもしれない。

 

「斉田ーくーん!!」

マキが、コンビニから走ってこちらへ向かってくる。その手には、斉田ーが想像していた以上の量のストローの袋が、パンパン詰になっていた。

「おまへ…?!」

はあ、はあ、とマキは斉田ーの前で息を整える。

「のど、、、乾いちゃって、、、ハアッ」

「……………」

「みなさ〜ん!!」

「………!!!?」

「みなさ〜ん!炎天下で、お疲れ様で〜〜す!!今から、サイダーを無料でふるまいま〜〜す!ふるって、ご参加くださ〜〜〜い!」

斉田ーは、マキのやっていることを電柱のような顔で見下ろしていた。

 

 

ことはなされた。斉田ーのもとには予想をはるかに上回る人々がおしよせ、われよわれよとストローを手にしたかとおもうと、斉田ーのことを飲み始めた。

もはやそこは、木陰でもなんでもなかった。ある意味、パーティーだった。

「あっ」

その時、斉田ーの量がストローの長さを下回ったようだった。皆が手にしたストローの先から、あの紙パック飲料を飲み終わった後の「スウースウー」音がいっせいに聴こえてきていた。

「皆さーん!!規定の量がなくなってしまったみたいです!今日はここまででーす!」

マキが叫んだ。

皆、満足したようにぞろぞろとその場を離れていく。そこに残された、マキと斉田ーの二人。

「マキ」

「ん?」

「マキ…みたいな人、はじめてだよ。」

たしかに、そうだった。今までの恋人は、斉田ーの残量を気にかけて、ましてやコントロールしてくれることなどなかったのである。

 

 

ジャーーッ!

 

二人は、斉田ーの住むマンションの中で夕食の準備をしていた。今日は、マキのバイト先での得意料理の麻婆豆腐だ。

ジャーッ!ジャーッ!ジャーッ!!

「ちょっと待ってね〜!!」

マキは、中華鍋をふるいながら言う。

 

「ああ。火傷するなよ」

斉田ーはソファに腰掛け、テレビを見ながら応える。斉田ーは、夕方のニュース番組を見ながら、これじゃあ多分映像が透けて見えているだろうなと考えていた。

「はあ!出来ました!麻婆豆腐食べましょう」

マキは言う。斉田ーも笑顔になり、食卓についた。

 

 

「…ねえ」

「ん?」

「おいしい?」

「うん。おいしいよ」

「辛くない?」

「ちょっと辛いかな。でも、豆板醤は辛味が旨味だから。」

「そうよね。わたしもそう思う。」

マキも、斉田ーも箸が止まらないようである。

「ごちそうさま」

「ああ、うまかったー。マキって、料理上手だなー。良いお嫁さんになれるよ。」

「…」

マキは、返事をしないで俯いている。ああ、そうだった。付き合いたてで、ちょっとマキの気持ちを探ってみたくてつい、スペードのキングを出すみたいな真似をしてしまった自分はすこし、性急だったのかもしれない。

「マキ、その」

「斉田ーくん」

「ん?」

「真夏に麻婆豆腐なんて食べて、暑いわよね」

「ん?ん、あ、ああ。いや、俺は別に…いや、暑い、涼しくはないけど、まあ普通だな。」

幼い頃から俺は、俺だけ涼しいように言われるのが嫌だったのだ。本当は、すこしも熱くなんてなかった。

「暑い…」

じいっと、マキは俺のことを見ていた。まただ。俺を、ジュースみたいな目で、お前も見るのか。

「本当、暑い。斉田ーくん」

「なんだよ」

つい、邪険に応えてしまった。

「知ってる?○○○っていう屋外プールのこと。あの屋外プール、営業不振で倒産してしまったのよね。小さい頃よく行ってたから、さびしい」

「ふうん。すこし、聞いたことあるかな、でも俺は別に、プールとかは行かないから。」

マキは俺をじっと見つめている。

「いや、別に、一人だけ、夏でも涼しいからっていうわけじゃない。俺の場合…いや、皆意外と気づかないけど、冬とかすごく不便なんだよ。雪降ってくると《うすまる》し、鳥とかも…」

「浴びたい…」

「えっ?」

「浴びたい…」

「無理だろ。」

「だって、暑いから。屋外プールに行ったら最低でも千円かかるけど、ここだと無料よ。」

「そういう問題じゃないだろ。第一、俺の残量を気にしろよ。お前がいま、シャワーのように俺を浴びたら、明日の俺、からっぽだぜ」

マキはうなづいた。

「そうじゃないの」

 

そうして、マキの提案通りに、マキは水着に着替えてきた。ちょっと前に、駅前のサウナへ行った時に俺の家で着替えたやつが置きっぱなしになっていたのだ。マキは、それからソファのへりに立つと、俺の頭上から、まるで人魚みたいな器用さで中に入ってきたのだ。とっぽーん、と音がして、マキはジュースの中に入ってしまった。

ぶくぶくぶく…

そんな感じがした。

ぶくぶくぶく…

ぶくぶくぶく…

ぶくぶくぶく……

 

マキは、五分くらいしてまた上がってきた。今度は、煙突掃除の仕事人みたいに、あるいは猿みたいに、器用に俺の中から出てきたのだ。

 

ーーー俺の心配とはうらはらに、床に溢れているのはたった一リットルほどのジュースだけだった。それは、質量から俺と、マキとの総量をひいた分だった。

「マキ」

「…なに?」

「どうだった?」

何しろ、初めての経験だった。

「いき、止まるかと思った。」

マキは真面目な顔で言った。たしかに。俺は前しか見えていないから、中でマキとジュースとのどんなやりとりがあったのかを知らない。

ぷっ、と思わず俺は笑ってしまった。マキも、あははと笑った。

「…シャワー浴びてくるね」

 

マキはそう言って、俺に背を向けてシャワーへいってしまった。僕は、そうか、と思った。結局、ジュースは、水浴びを兼ねることは出来ないのだ。(ベタベタになるから)

 

 

ーーおわりーー