※今回は、憶測でものを言っています。
読書記録ではないけど、本のことについて。本屋大賞というのがある。
本屋大賞(ほんやたいしょう)とは2004年に設立された、NPO法人・本屋大賞実行委員会が運営する文学賞である。
一般に、日本国内の文学賞は、主催が出版社であったり、選考委員が作家や文学者であることが多いが、本屋大賞は、「新刊を扱う書店(オンライン書店含む)の書店員」の投票によってノミネート作品および受賞作が決定される。
この本屋大賞というのはつまり、本来文学賞などは作家など選考委員が吟味し送られるものであるのに対して、そういった経験のない書店員が本を選ぶという賞。本の売り上げを上げる目的で作られたものらしい。
わたしは読書初心者なので、「ふーん!」という立ち位置でこの賞を見たり聞いたりしている。イメージとしては、「本屋大賞っていうくらいだから、普段手に取ることのないような、マイナーで、目立たないけど内容が良い本みたいのが取り上げられているのかな?」と思っていたけど、実際読んでみてそれほど啓蒙されなかったという経験があった。
けれどよく考えるとこれは全体から抽出される相対評価ではなくて、本屋店員というそれぞれ、コンディションもスペックも違うヒトによる絶対評価なのだと思う。
えっ、じゃあ…わたしの読みたい本って、どこにあるの?唐突に、そう思った。それは結局自分、の好みを自分の足で開拓していくしかなかったのである。
こういうのはダ・ヴィンチのような本好きのための雑誌や王様のブランチとかでも紹介されているのかもしれない。が、ひとくちに売れる本とかイイネ!とかいってても、そこには「人気作家」「話題だから」とかいう理由があって、かつて有吉が自著に対して話していたように、がっと売れてばっと大量に売りに出される…みたいなことも蓋を開けてみればあり、果たしてそれも込みで良い本といえるのか?みたいな疑問も少なからずあったりする。これは、批判しているのでも疑問提起でもなんでまない。普通に生きていく上で、フラミンゴ、なんでピンク色なのかな?なんで片足でいるのかな?なんで、なんでなのかな?みたいな疑問が生じてしまっただけなのである。
安心してください!
そこで、考えてみました!なんか本売れるという、その現象について。
まず、売れるものを売れてる順に考えてみます。
1位ーテレビで話題になった
つまりこれは、「一般的な人は本、しかも小説を手に取りすらしない」という事実がある。世の中はとりあえず「本の存在を認知している、本ってものがあるのを知ってる」程度の人も、実は多いのである…!そしてそういう人がてにとるのは、「ダンボール中学生」のような、超•超超話題本だけだったりする。(参照・うちの母親)
しかしそのことを言っていてもらちがあかないので、その中でさらに、「本読む人」を仕分けしてみます。
本めっちゃ読むし、文学に精通してる専門家
本めっちゃ読む人
本たまに読む人
ぜんぜん読まないけど、気になれば読む人
絶対進めても読まない人
というカーストがあると、最近思うわたしである。
ちなみにわたしは2〜4の間くらいだと思います。たまに発作的に本読む、というのを加味すれば。
いわゆるベストセラーとかいうのは、テレビをはじめとしたメディアで取り上げられたものが多く、テレビの視聴者数というのが日本でものすごく多いということなんだと思います。
2位ーブームになった
3位ー人気作家
例えば、池井戸潤さんのなんかは、出れば売れるのだろう地位である。2位は映画化、ドラマ化などが含まれるけどこれもメディアに乗っかっているという点では1位と同じだと思います。
4位ーその他(静かなブーム)
わたしが普段読むのはこの4位に属する作家さんの作品なんかが多い。この作者のが好き…人は読まないジャンルだけどわたしは読みたい…みたいな理由。これはがっちり固定層だともいえますし、新刊で買うのはわたしの場合それのみ。
こういう偏った読み方をするタイプは意外と他ジャンルの本(コミック、新書、実用書)はおしみなく買っていたりもする。単に、小説というものを取ってみる可能性が、まだないだけなのだ。
(多分)
そこで考えた。つい売れてしまう本
内容が良い本は時代を超えて、作者がなくなった後、本の持ち主がなくなった後もずっと、同じ価値で残り、人々に影響を与え続けます。それってお金では測れない素晴らしいことだと思います。たとえば「吾輩は猫である。名前はまだない」みたいに誰もが冒頭で分かるようなものや、たびたび引き合いに出される概念的なもの、◯◯の代名詞的な役割をしたりするもの、は賞を超えた価値を持つし、日本人の考え方のベースを作る役割をしているとも言えます。つまり、文化。作者が亡くなった後の作品なんかを読んでいると、まるでまだ同じ時代に生きて考えごとをしているんじゃないかな…っていうくらい、近く思えたりもするのが不思議で、ある意味もうひとつの生命が形を変え、もうひとつの生命に影響を及ぼすかのような、本は不思議なものだと思います。
そんなこんなで、売れる本の売れる理由について、まだ読んでいない地点から考えてみます。
●表紙がいい
これは「内容がわかりやすい」絵面で、いい意味で内容を要約している。
何か、読んでみたくなる。
たとえば、上にあげた「本たまに読む人」というのは、たとえばこんな内訳だとします。
「好きな作家は二、三人」「本にお金払うのもったいない」「どういうのがいいかわからない」
こういう人がどんな風に本を選ぶのかというと、表紙、口コミ、メディア、帯文なのだと思います。
分かりやすいの逆の、あるいは「どういうことなの?」と思うようなパッケージも、足を止めやすくなる。「疑問提起型」「フェロモン型」の感じがあります。
意外と皆本に対しても人見知りするんじゃないでしょうか?「コイツ、何言ってんの?」「なんか、言ってこいよ」「お前なにも、言ってないじゃん」みたいなのはなかなか手に取りにくかったりする。それは他人の佇まいのようにーーーー
●タイトルが気になる
わたしは短歌を作るのですが、たとえば「蜜蜂と遠雷」なんかは短歌欲がすごく刺激されるタイトル。
「木漏れ日に泳ぐ魚」も表紙につられて買いました。
「フーガはユーガ」は双子がテーマになった小説のようですが、これも人を惹きつけるようなテーマで、タイトルで、思わず手にとってみたくなる。おしゃれ。
あとは、思いつきません。
いろいろを、憶測で述べてしまってすみません。いち本読みピープルの戯れ言と思いさらっと聞き流していただければ。
最後に。装丁が地味でも内容がよい本は大抵が売れていますね。はい。そうなるとやっぱ、口コミでしょうか。