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本のことを書いてあるブログ

種田山頭火と尾崎放哉を読む/ついでに俳句日記

黄水仙飼い犬が風を打ってゐる/ささき わたる




散歩中にたくさん咲いている水仙の花、ラッパみたいでかわいいですね。
…調べてみると、「水仙」は冬の季語でした。寒さにも強く、冬〜春に咲くのだとか。
黄水仙」だと春の季語となるようです。

黄スイセンの花言葉をその由来からハッキリさせてみた

花言葉がすごい。



水仙というと不思議の国のアリスの中で、巨大花の中に水仙のキャラクターがいてしゃべってたなあ〜っていうのを思い出します。なにか、人っぽいたたずまいがありますね。花全般が、人っぽいのかも?(薔薇とかも何か人っぽいって思うんですけど)

キリンジの「風を撃て」最近聞いてますがそれとはそれほど関係のないイメージで…、、
あと、Victorの犬のニッパーくんが地元にずっと佇んでいるんですが何か思い出しました。

ニッパー (犬) - Wikipedia

(喋りすぎな自分)



昨日から、自由律俳句で有名な種田山頭火と、尾崎放哉について調べたり、青空文庫にて読める本を読んだりしていました。

わたしが短歌、俳句を作りはじめの頃は心内だけはものすごい硬派だったので、自由律なんてけしからん!と真面目に考えていました。今読んでみるときちんと言葉の妙がありますね。それから、青空文庫で読める文章に、彼らの作句や人生に対する哲学が読めるのが興味深いです。

種田山頭火の生涯というのは、苦難の連続の人生のようです。特に身内に関する不幸が多く、晩年の山頭火が持つ厭世感、憂鬱感などにもそれが影響を与えていたのかもしれません。身内の不幸や仲違い、そういった出来事は人格に多大なる影響を与えるのかもしれませんが、随筆、それから作句も、それをすぐさま解消させようとする地点の内心、葛藤ではなく、なにか読む側からすればひろがりを感じさせるようのびやかに書かれています。日本人は古来から「文字」に何か読経のような救いを求めるのかなと思いながら読んでます。


Amazonの方で二百円で八百句くらい読めるものを買いました。ググってみるときれいにまとめてくれています。

種田山頭火 草木塔


こちら、本にして読みたいくらいですね。青空文庫の方では山頭火の随筆とともにこういった作句が読めるものもあります。これは今後、ちびちびと楽しみながら読んでいくのがよいでしょう。

尾崎放哉はもう少し若々しい感覚で読んでいるイメージです。




余談ですが。色々と悩んであっちこっち、狭い場所でやっているときは大変だと感じているんだけど、人生の大先輩からそれを一言で言い表された時、何かそれがすごく「寂しい」ような感じがした。物事の最中にいる、それからそれが単なる思い出になり、語れるようになるまでってすごく大変な作業なんですよね…「見守る」っていうのを、大先輩達はしてくれているんですね。感謝…というか自分なんかに対してあまりある厚意に恐れ入ってしまいます。